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今日は3月3日、ひなまつりです。
クリニックに飾ったおひなさまも、随分、色々な人に誉めていただき、ありがとうございました。
節句が終わったら、早く片付けないと、お嫁に行き遅れるという言い伝えがありますが、待合室になごやかな雰囲気を与えてくれたおひな様が、いなくなってしまうとちょっと寂しい感じになるのではないかと、心配です。
でも、やっぱり季節のものなので、あまり遅くならないうちにかたづけようと思っています。
ところで、おひな祭りの菱餅の色の順番の意味をご存じですか?
上から桃色、白、緑という順番が一般的なのだそうですが。。。
桃色は、桃の花。。。
白い色は、雪。。。
緑は、芽を出そうとしている草木。。なんだそうです。
桃の花が咲く頃、残雪の合間から見られる、新芽。。。
そういう風景を描いているのだとか。。。
なんか、想像すると素敵な風景ですね。
どんなものにも、込められた意味があり、そのひとつひとつの意味を知ることで、また一段と趣深くなるものです。
本当に春はそこまで来ています。。。
娘へ
高校卒業おめでとう。
長く、辛い高校生活でしたね。
それにしても、あなたはよく頑張りました。
頑張り抜きました。
母は、誇らしく思います。
花道をしっかりと顔を上げて、胸を張って歩いてくるあなたを見つめながら、母はあふれる涙を止めることができませんでした。
入学の時、同じ花道を誇りと自信に満ちあふれて、あなたは歩いていました。
その時、あなたの高校生活に、こんなストーリーが準備されていたことを、だれが予想していたでしょう。
きっと誰もが、あなたの高校生活は、希望とあふれんばかりの光で輝くものだと思っていたにちがいありません。
でも、あなたに準備されていた道は、そんな想像とは裏腹のとても孤独な道なき道でしたね。
「卒業」ということにこだわらなければ、引き返すことも出来たはず。。。
もっと楽な道も選べたはず。。。
でも、あなたはやり遂げました。
石ころだらけで、草ぼうぼうの荊の道をつまずき。。。ころび。。。時に血を流しながらも逃げ出すことも、投げ出すこともせず、あなたはやり遂げたのです。
そんなあなたが入場してくる姿は、入学してきた時とは数段、輝き、まぶしく、ほかの誰よりも堂々としていてましたよ。
「見てください!これが私の娘です!」
そう、大きな声で叫びたいくらいでした。
「神様は、その人が乗り越えられない試練は与えない」
あの日、あなたにそう言いながらも、母は神様を恨んでいました。
何故に、今ここで、こんな試練をこの子に与えるのだと。。。
そして、乗り越えて欲しいと祈りながらも、不安と悔しさで心は押しつぶされそうでした。
神様は、時々、人に試練を与えるのだそうです。
きちんとその人なりに答えを出して、その試練を上手に乗り越えることが出来たら、次のステップに進めるのだと。。。
でも、諦めたり、投げ出したり、間違った道を選択すると、「追試」という形で、同じような試練をまた神様は与え続けるのだそうです。
その人にとっての正しい答え。。。それが導き出されるまで。。。
あなたは今、しっかりと孤独に耐え、痛みに耐え、たくさんの涙を乗り越え、「神様の試験」に見事に合格したのですね。
おめでとう。。。
心からこの言葉を贈ります。
ほかの人から見れば、遠回りした高校生活だったけれど、その遠回りした道で、あなたは何を見つけましたか?
まっすぐなきれいな道だけを歩いていたら見つけられなかった宝物が、たくさん落ちていたはずです。
今は気がついていなくても、人よりも遠回りして歩いてきたその道でなければ、出会えなかった人、感じられなかったこと、考えようもなかったこと、苦しみ。。。哀しみ。。。そのすべてが、あなたの「宝物」だといつか笑って語れる日がくる。。。
そして、遠回りだと思っていた道が、実は正しい道だったのだと思える日が来る。。。
母は、そう信じています。
だから、この道を歩かなかったら、出会えなかったであろうあなたの「夢」に向かって、自信をもって、しっかりと一歩を踏み出してください。
きっとその「夢」が、神様がこの試練を乗り越えたご褒美として、あなたに託した次のステージへの切符です。
卒業おめでとう。
さあ、新しいステージの始まりです!
萩原朔太郎
人間は過去の記憶をどこまで、さかのぼって覚えているものなのでしょう。
記憶できる容量は、パソコンのように、だいたい決まっていて、年を重ねるごとに、古い記憶から順番に消し去るか、圧縮して効率よく保存されていくものなのかも知れません。
一度、圧縮された記憶を、再び意識下に呼び戻すときに、良い記憶の部分だけを強調して思い出すか、悪い記憶の部分を強調して思い出すかによって、人生は大きく変化するような気もします。
あるいは、悪い出来事も圧縮するときにすでに、満足のいく、あるいは納得のいく形に変換して圧縮できれば、いつまでも重い気持ちを引きずって生きることも少なくなるのかも。。。。
どうせ同じ人生を生きるなら、できるだけ「幸福人」として、生きていきたいものですよね。
としをとるのは素敵なことです そうじゃないですか?
忘れっぽいのは素敵なことです そうじゃないですか?
悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか。。。。
傾斜/中島みゆき