何が「ふつう」で
何がそうじゃないかなんて
誰が決めたの?
あなたにとっての「ふつう」が
この世の常識ってわけじゃないし、
この世の常識が必ず正しい
ってわけでもないでしょう。
『放蕩記』 村山由佳
「ふつう」ってなんとなく使ってしまう言葉ですが、一番わかったようでわかりにくい言葉です。
大抵の人は、自分の「ふつう」を普遍的な「ふつう」だと思って、他人と会話をすすめますが、以外に「ふつう」という言葉の曖昧があとになってとんでもないことを引き起こすきっかけになることもあります。
私は、いろいろな土地で生活してきましたし、学会などでいろんな場所を訪れることもあることから、その地域、地域でのいろんな風習、習慣の違いを体験することがあります。
日本のなかでも、こんなに違うのだと思うほど、「ふつう」と呼ばれていることの「特異性」には驚かされます。
エスカレーターの乗り方、横断歩道の渡り方、時間の感覚、人付き合いのなどなど。。。
「ふつう」と思っていたことが意外と「ふつう」ではなかったという驚きの体験は、同じ国の中でも結構たくさんあるものですよ。
面接の中でも、患者さんに「最近、どうですか?」とたずねると、「ふつうです」と返ってくることも多いのですが、その「ふつう」という言葉のもつ曖昧で、都合の良い安心感にひたりすぎていると、あとでしっぺ返しが。。。なんてことも。
人間関係でも、あまり「ふつうはね。。。」「ふつうさぁ。。。」「ふつうでしょ?」という言葉を多用していると、「ふつう」と「ふつう」がぶつかり合って、窮屈になってくることもありますね。
自分の「ふつう」と相手の「ふつう」。。。。
ほんとに同じ「ふつう」ですか?
たまには、ちょっと考えてみた方がいいのかもしれませんよね。
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